国政よりもずっと身近で、本気になれば私たちの暮らしをガラリと変えることも可能な地方自治、松川町なら「町政」。議会とは?議員とは?町長とは?行政とは?これらを誤解している住民のあまりの多さに驚いた。
この誤解に接した経験と、昨今の政治への無関心や下がり続ける投票率に対する危機感から、舌足らずながら筆を執り過去9回持論を述べた。
10回目にあたり過去の連載を端的にまとめたい。字数の制限ゆえ暴論の嫌いがあるが本意ではない。詳細はバックナンバーを参照下されば幸いだ。
①「権力」を正しく理解しているか
権力者はその名の通り大きな権限を持つ。町政の99%は権力者が決断するといっても過言ではない。町政の権力者は「町長」ただ一人だ。それだけ大きな力を持つのだから有権者は慎重に選択すべきだと考える。
②議員「個人」について正しく理解しているか
町会議員「個人」も「権力」を持っていると誤解している住民は少なくない。この誤解は国政から生じているのだろう。ニュースで日常的に見聞きする国会議員、特に与党の衆議院議員「個人」には確かに「隠然たるチカラ」があるように見える。
それは最高権力者である「首相」を選ぶ一票を持っているからだ。票が欲しい行政トップの「権力者」と持ちつ持たれつの関係になるのは想像に難くない。
③「地方議員」について正しく理解しているか
地方議員である「町会議員」にそんな隠然たるチカラは皆無だ。国政のような最高権力者を選ぶ「一票」を持っていないからだ。
このことを誤解している住民の多さに驚く。議員「個人」に何らかの要望を伝えれば実現すると思っているようだ。要するに「口利き行為」を期待するのだ。挙句の果てに要望が通らなければ議員「個人」に行政を動かすチカラが足りない、と誤解を重ねる。
④「議員」と「議会」の違いを理解しているか
議員「個人」に権力に関するチカラなど一切ない。しかし「議会」という集合体で「多数決の結果」出した結論には大きなチカラがある。議員「個人」が持つチカラは「議会の結論」を決める一票だ。それ以上でもそれ以下でもない。
議会が多数決で下した結果はあなたの要望と異なる場合もあるだろう。その時あなたは議員「個人」に対して不平不満を抱いていないか。あなたはどの議員が「賛成し」「反対したか」知ったうえで抗議しているのだろうか。
挙句の果てには「議会は何をやっているのだ」と怒りの対象を集合体の方にすり替える。「議員個人」と「議会という集合体」の区別ができていない有権者は少なくない。
⑤なぜ議員「個人」にチカラがあると誤解するのか
他の市町村の話だ。過去に議員「個人」は地元地域の「利権代表者」という役割を担った時代があったらしい。町会議員は町全体の視点で審議すべきなのに、実際は地元の利権獲得にばかり奔走していたという。
その時代を知っており、今もその役割を議員「個人」に期待している有権者は少なくない。しかし今では露骨な利権誘導行為や口利き行為は行政側に厳しく監視され、場合によっては罰を受けることさえある。
⑥なぜ有権者は「地元」議員にこだわるのか
今では議員「個人」の地元利益誘導は禁じられていることを知らない住民は意外と多い。この誤解に加えて有権者が「地元出身」にこだわるのは「顔見知りだから」程度の理由だろうか。
良心の自由である投票の理由を非難するつもりはない。しかし肝心の「能力や資質」を見極めようとせずに「顔見知りだから」程度で選択するなら、その議員も「顔見知り程度」の仕事しかしないだろう。
⑦「投票」は取り返しのつかない4年間
町長や町会議員の能力資質に不満があっても任期4年間はクビにできない。リコールや不信任決議などの制度はあるが、地縁血縁の濃い「地方≒田舎」では実現不可能と言ってもよい。
そんな候補者に投票して当選の手助けをしたのなら、あなたにも責任があるだろう。「顔見知りだから」「同じ自治会だから」程度の理由で投票し、きちんと調べて見極めなかったツケだ。
しかし現実には、なぜか過去の無能ぶりを忘れてしまい、次の選挙でも「お願いします」と頼まれたら投票してしまう有権者も多いと聞く。不思議なものだ。
⑧投票したい候補者がいないとき
残念だが配られたカードの中から選ぶしかない。白票や棄権は単なる自己満足に過ぎないと思う。もったいないことだ。
あなたが満足できる候補者を「発掘し」「育て」ればよい。しかしこれには時間がかかる。直前になって慌てて探しても無理だ。普段から自分が「民主主義の重要な担い手」であることを自覚し行動すべきだ。例え日常生活に忙殺されていてもだ。
⑨結局は有権者しだい
政治の貧困という表現がある。有権者の政治への無関心と下がり続ける投票率が、だらしなく能力が低い政治家と、一向に前進しない町政を生み出しているのだと思う。
現行の選挙法には多くの問題がある。それでもなお、有権者が奮起しなければ社会はますますジリ貧となっていくだろう。有権者がラクをして維持できる民主主義や希望に満ちた社会などない。憲法12条は言う。有権者には「不断の努力」をする覚悟が求められているのだ。
(連載終わり)