少なくとも、地方自治体の首長や議員(例えば町長や町会議員)を私たち有権者が選ぶのであれば、議会や行政に対する知識をしっかりと「現代にアップデート」する必要があると前回まで説明した。
一番身近にも関わらず町政に対する有権者の無関心は、ますます町政をダメにする。まるっきり何も知らない無関心よりも、大昔の体験に基づく中途半端な知識のままでいることは、さらに厄介でタチが悪いと感じる。
民主主義の維持には「時間、お金、労力」などを有権者が負担する必要があるのではないだろうか。憲法12条も「不断の努力」を説いている。日々の生活に忙殺されがちの私たちだが、ぼんやり待っていれば無料のニュースが教えてくれるのは国政レベルの話だ。
国政や憲法といった大きな話でなくても良い。有権者の私たちは、せめて身近な「町政」=行政と議会について、「現代の正しい知識と情報を得る」くらいの作業には力を注ぐべきだ、と痛感している。「時間、お金、労力」などある程度の犠牲を払ってでも「主体的に」情報と知識を蓄える必要があると思う。
さて、有権者のいろいろな不満を耳にする機会がある。「あの町長はダメだ」「あの議員はダメだ」という内容が一番多い。そういう評価はとても大事だ。それだけ町政に関心を持っている証拠だと言える。無関心でいるよりは良いことだ。
行政の最高責任者で「最高権力者」である町長。その町長の暴走や独善を制止できる議会を構成する「議員」。両者とも有権者の直接選挙で決まった人たちだ。この人たちが仮に「ダメ」だと思うなら、私たち有権者はどうすればいいのだろうか。
最も有名なのは「リコール(解職請求制度)」だろう。詳しくは各自で調べてほしいが基本的な流れは「規定数以上の署名を集め」ると「住民投票を行う」ことになる。この結果で「ダメ」な町長や議員を「強制的にやめさせる」ことができる。法律できちんと定められた制度だ。
しかし私は地方社会、あけすけに言えば「田舎」でリコールは非現実的、まず不可能だろうと思っている。地方社会に住む有権者、つまり住民の「気質」がリコールに「向いていない」と考えるからだ。
地方社会の住民は、自分が住む地域がそれなりに「人間関係が濃い」と十分に実感している。感情的に衝突することがあっても、なんだかんだ言って「丸く収める」のが大好きな社会なのだ。この傾向はやはり「地縁・血縁」と「農業の共同作業」などの長い長い過去の積み重ねが影響していると思う。
地方社会にとってリコールはまさに本気の「ケンカ、戦い」だ。ケンカ相手がいかに「ダメ」な人間で、その役職に「全くふさわしくない」と主張して賛同者を集めるのだ。ぜひ自分の胸に聞いてほしい。「この田舎社会で私にそんな事ができるのだろうか?誰かを否定する署名が書けるだろうか?」と。
田舎では何世代も前から住み、次世代も住み続けるという世帯もあるだろう。人口が少なく流動性も低いので、人間関係は狭く限定的になりがちだ。この先「いつ」「どこで」「どんな」縁や付き合いがあるかわからない。そんな可能性がある相手に対して「あなたはダメだから辞めろ」と突きつけるのだ。どのような結果になろうと、おそらく両者には相当長い間深い断絶や怨恨が残るだろう。
町長や議員個人に刑事罰になるような犯罪行為があればまったく話は別だが、「選挙時の公約を守らない」「質疑や発言の中で明らかなウソを言う」「自分の判断や賛否について住民に説明しない」というような政治家としての姿勢や資質に対するリコールは、田舎ではまず不可能だと私は断言したい。誰だって好んで敵を作りたくないのだ。
そうなると、結局は4年に一度の選挙で評価するしかない。現職候補に対しては過去4年間の議案賛否をチェックするだけでも効果的だ。どの議員が自分に近い考え方を持っているか明らかになる。新人候補にはそれまでの民間での実績や、政治家としての将来の能力を厳しく値踏みして判断する。そうやって多くの有権者が候補者をしっかり見極めて投票すれば、おかしな町長やとぼけた議員が出現する可能性はずっと低くなる。
もしあなたが、こういった立候補者の見極め・チェックをする余裕がないのであれば、せめて町政に詳しい周囲の知り合いに「誰を応援すればいいか」を聞いて参考にすると良い。ひとりだけに聞くのは危険だ。その人は後援会のメンバーかもしれない。かならず4~5人には聞いてほしい。そうすればあなたの大事な一票が磨かれるはずだ。
仮にあなたが、投票に際して十分に判断せずに、単に「同じ自治会だから」「顔見知りだから」「頼まれたから」程度で投票したとする。しばらくすると、そうやって生まれた町長や議員に「あいつはダメだ」と批判する。なにか矛盾しているような気がするのは私だけだろうか。
(はこべ4月号に掲載。次号へ続く)